信じる?期待した?裏切った?

最近の芸能ニュースは、不倫や違法薬物の話題でにぎわっています。

そんなニュースを読んでいて思うのは「信じる」ということの難しさ。

信じていたのに裏切られた!

そんな思いが、今芸能ニュースを必要以上にヒートアップさせているように思います。

ところで、「信じる」ってどういうことなんだろう。。。

私、去年の年末からずーっと考えています。

考えさせられるような出来事が昨年からずーっと続いているから。

ちょっと乱暴な言い回しになるけど、「信じる」って

こちらの思っている通りに相手が動いてくれるだろうと

一方的に期待する行為。

つまり、自分の考えを一方的に相手に押し付ける行為。

もっというと、

自分の思い通りに動いてくれるだろうと勝手に決め込む行為が

「信じる」ということなんじゃないかな?

多分、本来の意味はそうじゃないんだろうけど、

私を含めて今の人たちは、そういう使い方をしているんじゃないかなと

最近の芸能ニュースを見ていてそんな風に思い始めました。

他人は他人ですから、自分の思い通りに動くわけもなく。

社会通念や価値観、常識や慣習の多くが一致してれば、

相手は自分の期待通りに行動してくれて、

その人のその時の行動だけを切り取って見て、

それを「信用できる」勝手に判断しているんじゃないかな?

社会通念や価値観、常識や慣習の多くが一致しないと、

たとえば、相手が異国の人だと日本人とは価値観が違うから

自分の期待通りの行動はしてくれなくて、

それを「信用できない」とか「裏切られた」とか

言っているような気がします。

裏切られたとか信じられないとか感じた時。

見る目がなかった。。。

そういって自分を責めてしまうこともあります。

悲しいし、悔しいし、怒りも湧いてくる。。。

でも、そうじゃなくて「価値観が違った」とか

「行動パターンが違った」とか「優先順位が違った」。

だから、相手はこちらの期待とは違う行動をした。

騙そうとか、裏切っちゃえとか、そんなことは全然考えていなくて、

「これでも良いよね、大丈夫だよね」と思って行動したら、

それが相手の期待していた行動とは違ってしまって、

相手に「裏切られた」とか「信じられない」とか感じさせてしまうんじゃないかと。

ただ、それだけのような気がします。

最近の芸能ニュースを見て、そんなことを思いました。

そう考えると、信じるって、ある意味 一人相撲。

どうせ一人相撲を取るなら、

自分の思い通りに相手が動いてくれることを期待しつつ、

でも違うかもしれない。。。

そんな風に思っていると、少し気が楽になるよね。

悲しんだり、悔しんだり、怒ったり。

感情が振り回されなくて 済むんじゃない。

そして、

価値観の違う相手どんな距離感で付き合っていくかってこと、

冷静に 考えればいいんじゃないかな?

怒るとか、文句言うとかじゃなくてね。

年末から信じるってことをずーっと考えていましたが。

最近の芸能界の不倫騒動と違法薬物騒動を観ていて、

そんなこと思いました。

見方を変えるイイきっかけになりました(^^;