偽善?売名?でスピを考える

大雪で閉ざされた中央道、談合坂SAでは居合わせたヤマザキが

輸送中のパンを「好きなだけ持ってって!」と無料で配布した。

という話が、ネットで話題になっているようです。

これは、100年ぶりともいわれる大雪は14日から15日にかけて降り続け、

高速道路から続く国道を通行出来ない状態にし、その影響で、

高速道路に約400台の車が足止めとなったのだそうです。

足止めは14日午後9時過ぎから始まり、事態を憂慮した中日本高速が近くの

談合坂SAへ車を誘導し、多くの人がSAで夜を過ごす事態になりましたが、

そこに偶然巻き込まれたヤマザキの輸送車の運転手がパンを配布したという話です。

で、何が話題になっているかというと、

その行為が偽善だ、売名だ、なんだかんだという話でして。

何がヤマザキの機動力になったかはともかくとして、

当事者たちは喜んだ、助かった。それだけでいいんじゃないかと思います。

世の中、当事者の取った行動が思惑と違う結果に受けとめられることはよくある話で。

善・悪・偽善、どの話として受け止めるか、どのように修飾するかは、

実は聞き手が自分の判断基準に基づいて決めているなわけでして。

その判断基準が正しいかどうかなんて、実は誰にも分からなくて。

それは、その判断基準が正しい、自分は正しい、という勝手な思い込みかも

しれないわけでして。

例え、偽善という意見が大多数であったとしても、

当事者の一人が喜び感謝したのであればその想いを否定したり非難したり

覆すことは出来ないし。

どちらが正しいわけでも間違っているわけでもなく、どちらも真実。

それは善や悪が多数であっても同じことなわけでして。

スピが生活に入ってきて何が良かったかと言うと、

起きた出来事を、感情や思い込みという「自分色」を付けずに

受け止める確率が着実に増えたということ。

言いかえると、非難や否定、疑いが生まれる確率が確実に減っています。

だから、心が波立ちにくくなってきています。

そしてかなりの確率で、ちょっとした出来事を縁だと喜んだり、

運だと割り切って受けとめられるようになりました(笑)。

まだまだ、自分色の色眼鏡で見てしまうことも多いですけどね。

今回のヤマザキの行動に対する賛否両論の書き込み。

そんな書き込みを読んでいて、スピを考える、良い機会となりました。

ありがとうございました。