母に認めてもらう、ということ

寝る前の歯磨き中に思いついたことを 取りとめなくつらつらと…..

来週、母の祥月命日があります。で、気付いた

私の中の、「母に認められている、受け入れられている」 というパーツが

欠けたままになっているみたいです。

私には妹がいます。

私より後に生まれた。親と過ごす時間が私より短い。

たったそれだけの理由で、いろいろと妹が優先されていました。

妹は幼いころから癇癪持ちで、怒りだすと荒れて手に負えない。

だから、癇癪が起きないように、と妹が高校に入学するまで

私も我慢を強いられました。子供の頃からずーっとね。

(だから、妹が憎かったんですよ。ずーっとね。)

そして母は、怒ると私のことを暫く無視する人でした。

反省しました、ごめんなさい、もうしません、というまで

口をきいてくれませんでした(泣)。躾けだったのでしょうけど。

「受け入れてもらえていない、認めてもらえていない。どうせ私は。。。」

「認めてもらえないのは、私が悪い。。。」

この自己否定の感覚は、他の人に対する感覚として

今も私の奥深くに残っているみたいです(詳細は秘密デス)

人が全員母と同じとは限らない。全部過去のこと。再び起こるとは限らない。

そう。それは分かっています、頭ではね(笑)。

でもね、トラウマですかね。根強く残っています。

これって、どうしたら克服できるのかなぁ。。。

こういうこと書くとね、「母親のせいにしている」 って思う人もいると思います。

私と同じ境遇の人が私と同じことで悩んでいるわけじゃないだろうからね。

「自分のせいじゃない」って言いたいだけなのかもしれない。

自分でそういう世界を作っているだけかもしれない。分からない。。。

今までの私だったら、「あぁ、ダメな私。。。」 と

Myブラックワールドにどっぷり ハマるのですが、

今回は気付いただけで落ち込んだり凹んだりはしてません。

っていうか、今は 「考えたくても考えられない」 って状態なので、

落ち込むことが出来ない(笑)。

理由はともあれ、落ち込まないって とっても重要です。

こういうことに気付けるようになっただけ、進歩したのかなって気がします。

こういうことを自分の外に出せるようになっただけ、少しは昇華しているのかなって思います。

断捨離に出てくる 「自分軸」、「自己肯定」 という言葉。

それが実践できるようになると断捨離が進むようです。

今の私には、程遠い言葉。 部屋の状況も、断捨離とは程遠い(笑)。

寝る支度の直前に思いついたことを つらつらと書いてみました…..

最後に、母の為に書いておきます。

高校生の時のある出来事で、母の愛情を初めて痛いほど知りました。

今まで、表現方法が違っていただけでした。

母は母なりに私のことを愛し大切に思ってくれていました。

でもね、愛されていたんだ、という感覚は

受け入れてくれている=拒絶されていない という安心感 とは

違うのですよねー 。