映画 「100,000年後の安全」

DVDを借りて観ました、映画 「100,000年後の安全」。

この映画は、放射性廃棄物の埋蔵をめぐって
 未来の地球の安全を問いかけるドキュメンタリー映画
昨年2011年4月に映画館上映されました。

感想を 徒然なるままに...。

これ程のことをしてまで、私たちは快適な生活を謳歌したいのか。

未来の人たちに、人の手に負えない程の負の遺産を残してまで、
私たちは快適な生活・便利な生活をしたいのか。

この映画を観て そんなことを思いました。

福島原発の事故後、様々な報道を観るたび様々な情報を読むたび、
思うことがありました。

「 電気を好きなだけ使いたければ、
 原子力発電装置を購入して、自宅内で発電してください。

 放射性廃棄物の処理も、自己責任で行ってください。」

このような仕組みの下、それでもなお、今のような生活を維持し続ける人が、
一体どれだけいるのだろう。

福島原発の事故が発生するまでは、私も 原発がこれほどまでに恐ろしく、
手に負えない物とは知りませんでした。

「煙もでないし、空気汚さないし、二酸化炭素で無いし、イイじゃん」
そんな風に思っていました。

 

原発は人類の手に負えない物と知った今、使わない方向にもっていきたい。

どんどん生活が便利になって、どんどん身体が退化して、
その退化を補うように更に便利になり、更に人間が退化していく。

まさに 悪循環。

みんなが少し不便な生活すれば、少しずつ電気の使用量を減って
世界から原子力発電所を減らしていけるんじゃないかな。

これが 自国だけの問題じゃないことは、もう どの国のお偉いさんも気付いているはず。
でも、なんかあるんだろうなぁ。

実は、水から電気を発電する仕組み、ってのが既に確立している。
でも、だれかの利益を守るため消されたらしい。

その話を聞いた時(あのVRTが事実なら...)、
その技術を壊さず囲い込んで自分たちの利益にしてしまえば良かったのに、と思った。

「偉い人たち」が考えることは判らない。

便利な生活を得る代わりに未来に残す負の遺産をせっせと生産し続ける私たちも、
その「偉い人たち」 と同じ なのかも。

折しも、今日は 衆議院議員総選挙の投票日。
日本の未来は どこへ向かうのかな...

これは個人の雑記。

にもかかわらず最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

追記:
ちなみに、十万年前は 人が石斧でマンモス追いかけていた時代だそうです。

人間は一体どんな進化をするのでしょう。

ひょっとしたら、進化という名の退化かもしれませんね。